投稿者:さくらんぼの季節
追悼。。。ソロ。
Il était une fois...
アルバム「La Marmaille Nue」(無邪気な騒がしいガキども)で世間に知られるようになったフランスの歌手マノ・ソロはパリについてこう表現しました。「Putain que c’est beau la vie quand on r’monte sur Paris」(くそったれ、パリに戻ると人生はなんて楽しいんだ!)
今回のテーマは時節柄、ガレット・デ・ロワにしようと思っていたんですが、書き始めたところに、突然友達からメールが来てテーマを変更しました。その件名は「悲しいお知らせ - みんな彼が好きだったんじゃないかな。。。」それは歌手マノ・ソロが1月10日に逝去したという知らせでした。私も彼が好きでした。彼が亡くなったことを知った瞬間、悲しくて目に涙が浮かんできました。
1993年歌手デビューした時、マノ・ソロは30歳でした。それから15年の歳月がすぎて、2009年、10番目のアルバム「Rentrer au port」(帰港)を発表。そして、1995年10月、マノ・ソロはコンサートで二つの重大ニュースを発表しました。ひとつめはいいニュースで「もうエイズウイルスキャリアではない」ということ。ふたつめは悪いニュースで「HIV感染者になってしまった」ということでした。実は、彼は15歳からドラッグを始め、注射器の回し打ちでHIVに感染していたのです。
そのせいで、メディアでは死と麻薬を歌う「エイズ歌手」のイメージが広まっていました。しかし、フランスの地方に住んでいて、まだパリに住んだことなかった私にとって、マノ・ソロはおしゃれなパリではなくて、庶民的なパリを歌う歌手でした。彼の歌詞を聴きながらパリの街角の雰囲気を思い浮かべでいました。どのアルバムの歌詞にもパリという街への愛情があふれています。サン・マルタン運河からバルベスとサクレクール大聖堂まで、パリの広場や名所などを心から賛美しています。彼の音楽はアコーディオンやギターやピアノを使い、ロックとギャンゲットをミックスしたような響きで、悲しさや希望を表しているのです。
HIVに感染者でありながら、常に前向きで、ある意味、生き急いでいたようなマノ・ソロ、p'tit bout d'éternité(永遠の魂)に心からありがとう!

Botzaris, "Tant qu'il y aura des bancs, on reste un pays de sentiments"
January 18, 2010 8:37 PM カテゴリー:ニュース/お知らせ




